麹と曲の違いと酒税法上の扱い

麹=曲として翻訳して良いものか、漢字の歴史、酒税法上はどうなってるのか、とかそういう話。

事の発端

曲を日本語で言うと麹

紹興酒について調べると、こういう表現がされている。

「曲(きょく)」とは日本でいう麹を指します。しかし、厳密には曲と麹とは全く別物と考えた方が良いでしょう。簡単に言うと、菌が異なるからです。
紹興酒の原料を徹底解説!6つの源で生み出される個性

麹を中国語で言うと曲

北海道の田中酒造株式会社では、中国語訳で麹室が「酒曲室」と訳されていた。

はたして「麹=曲」なのか

麹と曲は相互に訳されている。
しかし別物。
では安易に相互に訳して良いものなのだろうか…?

麹と曲

漢字の歴史

Wikipedia(中国語版)を参考にする。

曲の項目を見ると、曖昧さ回避で麴にリンクが貼られている。

・麴/麯(qū / ㄑㄩˉ)
 ・麴,是釀酒時使用的酒種。如大麹、小麴等
曲 - 维基百科,自由的百科全书

麴の項目を見ると、麴霉屬(コウジカビ)も根霉屬(クモノスカビ)も種麹として挙げられている。

麴种
发酵工业中所用的微生物主要有以下种和属:
〜略〜
・麴霉屬
〜略〜
・根霉屬
〜略〜
麴 - 维基百科,自由的百科全书

麴の項目の参考資料を見るとこう書いてある。

繁体字原写作“麴”,然“麴”字后因《简化字总表》合并简化而改成了“曲”字。自《通用规范汉字表》于2013年颁布起(“麹”于三级字表,序号7748),已将“麴”字恢复并类推简化成“麹”字,故大陆最新规范以“麹”为“麴”的简体正写,“酒曲”、“米曲”、“盐曲”等写法则是此字表颁布前的旧规范。
麴 - 维基百科,自由的百科全书

Google翻訳してそれっぽく手直し。

繁体字は元々「麴」と書かれていましたが、「簡体字一般表」の統合と簡略化により、「麴」は「曲」に変更されました。
2013年に「通用規範漢字表」が公布されて以来(第3レベルの通用規範漢字表の「麹」、シリアル番号7748)、類推により「麴」という単語が復元され、「麹」に簡略化されました。
中国本土の最新規格は「麹」を使用「麴」の簡体字で表記されており、「酒曲」「米曲」「塩曲」の表記法は、この単語リストが公布される前の旧規格です。

漢字の歴史を見るに「麴」「麯」「麹」「曲」はすべて同じ意味の漢字。
「麴」「麯」「曲」は昔の表記で、2013年以降は「麹」が使われるようになったよ、ってことらしい。
とはいえ、中国でも日本でも紹興酒界隈では今(2022年現在)も「曲」が使われ続けている訳で…。

分類学上の定義

Wikipedia(日本語版と中国語版)を参考にする。

コウジカビ。

英語:Fungi Ascomycota Eurotiomycetes Eurotiales Aspergillaceae Aspergillus
日本語:菌界 子嚢菌門 ユーロチウム菌綱 ユーロチウム目 マユハキタケ科 コウジカビ属
中国語:真菌界 子囊菌门 散囊菌纲 散囊菌目 曲菌科 曲霉属
麴黴屬 - 维基百科,自由的百科全书

クモノスカビ。

英語:Fungi Mucoromycota Mucorales Mucoraceae Rhizopus
日本語:菌界 ケカビ亜門 ケカビ目 クモノスカビ科 クモノスカビ属
中国語:真菌界 毛霉门 毛霉目 毛霉科 根霉属
根黴 - 维基百科,自由的百科全书

中文学名を見ると、曲=マユハキタケ科=Aspergillaceaeであることがわかる。
中国では、コウジカビを表す「曲」という字を使ってクモノスカビを繁殖させたもの(麦曲など)を表していることになる。
ややこしい…。

使われ方の実情

快懂百科には漢字の旧規格とされている「酒曲」「米曲」「盐曲」の項目がある。(「酒麹」「米麹」「盐麹」の項目はない)
酒曲 - 快懂百科
米曲 - 快懂百科
盐曲 - 快懂百科

日本の魚沼醸造(マルコメ株式会社)の中国語版サイトを見るとこう書いてある。

酒曲在日文中写成“麹”,这个汉字是从中国传入日本的,是指用米、麦、大豆等谷物制成的所有酒曲。
米曲与糀甘酒(米曲甘酒) 鱼沼酿造——酿造自然,创造生命。

翻訳。

酒曲は日本語で「麹」と書かれています。これは、中国から日本に紹介された漢字で、米、小麦、大豆などの穀物から作られたすべての酒曲を指します。

中国では今でも一般的に「曲」が使われている。
「麹」は日本で使われている漢字という雰囲気。

コウジカビ以外の菌を使っても清酒を名乗れるのか?

クモノスカビ

クモノスカビを使って米曲を作って米を糖化させてアルコール発酵をした醸造酒は、日本の酒税法上は「清酒」なのか「その他の醸造酒」なのか。
通念的に大きな分類分けをするならば中国の黄酒(穀物を原料とした醸造酒)にあたりそうな気はする。

で、ちょっと調べたら新政がクモノスカビを使ってお酒を作っていた。
2021年の頒布会の7月分「C-Type」というものがクモノスカビを使ったものらしい。

クモノスカビにもさまざまなタイプがあり、今回使用したのは激しく酸っぱい有機酸(フマル酸)を生成するタイプの「Rhizopus delemar」を用いたとのことでした。
クモノスカビは蒸した穀物には生えにくいということから今回新政さんでは洗って水を吸わせた「生米」を使い麹を製造しています。
この麹単体ではとうてい米が溶けないため、適度に黄麹と混ぜて醸造し、なんとか本作品が完成となった。
【飲み比べ】新政頒布会 2021【7月分】No.6「K-Type」「C-Type」その味わいは? | ねこと日本酒

裏ラベルを見るにクモノスカビを使っていても原料は「米麹」とされるらしい。
よって品目は「日本酒」となり、酒税法上「清酒」として扱われている。

ということは、中国で米と米曲を使ってカラメルを添加しない醸造酒が作られた場合、中国では「黄酒」として扱われ、日本では酒税法上「清酒(SAKE)」として流通することになる。

きのこ

酒税法上はアミラーゼを生産する生物は全般「麹菌」という扱いなんだろうか。
コウジカビとクモノスカビは分類学的には門から違うから、菌界に属するアミラーゼを生産する生物は麹菌と呼べるのかもしれん。

ということはきのこの菌も麹菌として扱われる…?
きのこの菌から麹を作ってお酒作ったら、グアニル酸を含む旨味バチバチ清酒が出来るのでは…?
と思って調べてみたら、きのこの菌を使って味醂や甘酒を作ることに成功している研究者がいた。

耐熱性アミラーゼを生産するきのこ類を選抜し、甘酒の試醸を行ったところ、市販甘酒よりも高い糖度の甘酒を製造することが出来た。
本間 裕人 (Hiroto Homma) - きのこ類を用いて発酵させた新規甘酒様発酵飲料の開発 - 講演・口頭発表等 - researchmap

本研究において,きのこ類にはアルコール耐性,耐塩性,および酸耐性を有するアミラーゼを生産する菌が複数存在することが明らかになった。
また,それら菌の中には味醂の製造に利用可能な菌の存在も確認できた。
きのこ類を用いた発酵食品の製造~アルコール耐性アミラーゼ生産株の探索と味献の製造~

アミラーゼもプロテアーゼも生産して、アルコール耐性も耐塩性も酸耐性もあるなら、酒でも味噌でも醤油でもなんでも作れてしまいそうな気がする。
恐るべしきのこ。

まとめ

中国での使われ方。
・漢字としては「麴」「麯」「麹」「曲」は同じ意味。
分類学上の中文学名としては、曲はコウジカビを指す。
・一般的に曲と言えばクモノスカビを繁殖させたもの。
・日本のコウジカビを繁殖させた麹を中国語に翻訳する時は「曲」が使われる。
・広義の意味ではコウジカビを繁殖させたものもクモノスカビを繁殖させたものも曲。
・明示的に「麹」と書いたら日本のコウジカビを繁殖させたものを指しそうなニュアンスがある。

日本での使われ方。
・一般的に麹と言えばコウジカビを繁殖させたもの。
・中国のクモノスカビを繁殖させた曲を日本語に翻訳する時は「麹」が使われる。
・広義の意味ではコウジカビを繁殖させたものもクモノスカビを繁殖させたものも麹。
・明示的に「曲」と書いたら中国のクモノスカビを繁殖させたものを指す。
クモノスカビを使っても酒税法上は清酒を名乗れる。
・きのこの菌を使っても酒税法上は清酒を名乗れるかも?(教えて詳しい人🙏)

麹と曲の慣習的な使い分け。
日本でも中国でも慣習としてこういう使い分けがされているのかなという気がする。
事の発端で引用した紹興酒での説明と同じ結論に至った。
麹:コウジカビを繁殖させたもの。
曲:クモノスカビを繁殖させたもの。

中国でクモノスカビを繁殖させたものを曲という字で表していることだけ違和感が残る。
学名に反した名称というのはちょっとアレだけど、中国で慣習的にそうなっているなら納得するしかないとは思う。
もしかしたら調べきれてないだけで分類学上の再分類とかがあったのかもしれないし。