アミロ菌・アミロ発酵法について

今回は紹興酒醸造に使われるカビ、主にクモノスカビの種類と特徴について。
そして、アミロ菌とアミロ発酵法とは一体なんぞや?というお話。

毛カビ属 (ムコール)

菌界 ケカビ亜門 ケカビ目 ケカビ科 ケカビ属、に属する菌について。

ムコール・ルーキシー / Mucor rouxii Wehmer

由来:Calmetteが支那の酒薬の微生物研究中に発見分離。
毛カビ属の一種だと認められる前はアミロミセス・ルーキシー(Amylomyces rouxii)と呼ばれていた。
アミロ法の名前の由来になった菌。
発酵工業上「アミロミセスα」と呼ばれる。

糖化とアルコール発酵を兼ね営む。
高粱酒醸製に用いられている支那酵母中にこれを検出している。
酒薬が澱粉を糖化し直ちにアルコールを生産するのは酒薬内に存在するムコール・ルーキシーの営みによるもの。
発育適温は37〜40度。

アミロ法によるアルコール製造用として注目されたカビであるが、その後アミロ法は研究と改良が加えられ、優良カビが発見され、現在ではアミロ法にはムコール・ルーキシーは全く利用されていない。

その他

名前だけ紹介、気になったら各々調べてね。

ムコール・ムセドー / Mucor mucedo Linne
ムコール・ピリフォルミス / Mucor Piriformis Fischer
ムコール・ヒーマルス / Mucor Hiemalis Wehmer
ムコール・ラセモーズ / Mucor racemosus Fresenius
ムコール・ジャヴァニクス / Mucor javanicus Wehmer
ムコール・プライニー / Mucor Praini Nechitch
ムコール・チルチネロイデス / Mucor cireinelloides Van Tieghem

有用黴学 第五章 毛カビ属 (ムコール)

クモノスカビ属 (リゾープス)

菌界 ケカビ亜門 ケカビ目 クモノスカビ科 クモノスカビ属、に属する菌について。

リゾープス・ジャポニック / Rhizopus japonicus Vuillemin

由来:Boidinが米麹中から発見分離。
発酵工業上「アミロミセスβ」と呼ばれる。

糖化力が強いのでアミロ法に用いられる。
繁育適温は35〜38度。
胞子嚢の形成は35〜37度に於いて迅速、且つ多量。
38度以上に於いては菌糸を生ずるが胞子嚢を形成することはない。

以下、関連する研究。
Rhizopus japonicus sp. 由来のリパーゼ活性
Rhizopus japonicus NR400 の産生する菌体外リパーゼ

リゾープス・トンキネンシス / Rhizopus Tonkinensis Vuillemin

由来:Boidinが支那の酒薬から分離。
発酵工業上「アミロミセスγ」と呼ばれる。

アミロ法に用いられる。
適温は36〜38度。
蔗糖、イヌリンを発酵しない。
トレハロースを発酵する。

以下、関連する研究。
Rhizopus属の糸状菌培養液の腐造乳酸菌増殖抑止効果と速醸もとへの利用

リゾープス・デレマー / Rhizopus Delemar Wehmer et. Hanzawa

由来:Delemarが支那の酒薬から発見分離。
澱粉の糖化力が極めて強く、生酸力が弱いので、古くから現在に至るまで広く使用されてきている。
発育温度は12〜42度、適温は25〜30度。

以前麹と曲の違いと酒税法上の扱い - よしだ’s diaryでも紹介したように、新政2021年の頒布会7月分「C-Type」で使われているクモノスカビはリゾープス・デレマー。

クモノスカビにもさまざまなタイプがあり、今回使用したのは激しく酸っぱい有機酸(フマル酸)を生成するタイプの「Rhizopus delemar」を用いたとのことでした。
【飲み比べ】新政頒布会 2021【7月分】No.6「K-Type」「C-Type」その味わいは? | ねこと日本酒

リゾープス・ジャバニクス / Rhizopus Javanicus Takada

由来:武田義人博士が南洋産ラギから発見分離。
従来アミロ法に用いられてきたアミロミセスα、β、γ、Rhizopus Delemarに対して強力な澱粉液化並に糖化力を有し、甘藷(さつまいも)の澱粉糖化を容易に行い、繁殖が旺盛で、繁殖温度も高く、胞子嚢の形成も極めて多い。
発育温度は10〜40度、適温37度、死滅温度60度。

その他

名前だけ紹介、気になったら各々調べてね。

リゾープス・ペイカ / Rhizopus Peka I Takeda
リゾープス・ペイカ / Rhizopus Peka II Takeda
リゾープス・ニグリカンス / Rhizopus nigricans Ehrenerg
リゾープス・フマリクス / Miyagi et Kaneko
リゾープス・トリチチ / Rhizopus tritici Saito
リゾープス・オリゼー / Rhizopus Oryzae Went et Pr. Geerligs
リゾープス・フォルモセンシス / Rhizopus formosaensis Nakazawa
リゾープス・ヒネンシス / Rhizopus chinensis Saito
リゾープス・バタタス / Rhizopus Batatas Nakazawa
リゾープス・オリゴスポウス / Rhizopus oligosporus Saito
リゾープス・アルブス / Rhizopus albus Yamazaki
リゾープス・セレブロサス / Rhizopus salebrosus Yamazaki

有用黴学 第六章 クモノスカビ属 (根足菌属)

糖化方法

さて、先程から何度も出てきている「アミロ法」という言葉。
紹興酒の造り方について理解するにはまずはアミロ法・アミロ菌が何なのか知らなければならない。
なので前提知識のおさらいとして糖化方法について概要をまとめる。

澱粉を糖化をする方法には以下のようなものがある。

麹法

Aspergillus oryzae (コウジカビ)等の麹菌を、蒸した白米等の培地に植えて繁殖させたものが麹である。
麹菌として国によってはクモノスカビ、ケカビ等も用いられる。
アミラーゼ(α-アミラーゼやグルコアミラーゼ)を分泌するので、それを利用する。
麹を原料(蒸米など)に混ぜることで糖化が行われる。
日本酒、焼酎、甘酒等の製造に使われる。
糖化 - Wikipedia

麦芽

麦の種子は発芽時に、貯蔵したデンプンを利用するためにアミラーゼ等の加水分解酵素を合成する。
ある程度発芽した段階で、乾燥・焙焦により生育を止め、粉砕して、麦芽中の酵素を利用する。
粉砕した麦芽を原料(麦など)と混ぜ加熱することで糖化が行われる。
同じ原理で発芽玄米が使われたこともあった。
ビール、ウイスキーなどのスピリッツ類、水飴の一部に使われる。
糖化 - Wikipedia

酸糖化法

酸によりデンプンを加水分解して糖を含んだ溶液を作り、アルカリで中和、できた溶液を精製、濃縮し、糖を得る。
原料や製造対象(異性化液糖、麦芽糖ブドウ糖など)、製造設備により製造プロセスは異なり、厳密に分類すると種類は多岐にわたる。
精製方法も、活性炭投入やろ過、イオン交換膜など、いくつかのプロセスを組み合わせて利用する。(これはアミラーゼを利用した製法でも同様である。)
糖化 - Wikipedia

アミロ法

アルコールの製造法の一つで,アミロ菌による糖化と酵母による発酵を分けることなく行う発酵法.
アミロ法とは - コトバンク

アミロ法は発酵槽内でこのカビを増殖させ、デンプン材料(サツマイモなどに水を加えてデンプン濃度15~20%とし、蒸煮、糊化したもの)を糖化し、さらに酵母を添加してアルコールを生産させる。
発酵後に液を蒸留してアルコールを製造する。
この場合、糖化は37℃、通気培養、アルコール発酵は30℃、静置培養とする。
アミロ法のよい点は発酵期間が短いこと、種菌の接種量が少ないことである。
欠点は密閉したタンクが必要なこと、無菌管理が必要なことなどである。
別に液体麹を併用するアミロ麹折衷法がある。
アミロ発酵とは - コトバンク

アミロ麹折衷法

デンプンからアルコールを製造する一方法で,アミロ法でアミロ酒母を製造し,麹で糊化した原料と併せてさらに発酵させる方法.
アミロ酒母-麹折衷法とは - コトバンク

アミロ菌とアミロ発酵法

ここではWikipedia以上の専門的な内容を深堀りしていく。

定義

アミロ菌とは、糖化とアルコール発酵とを共に営むムコール属及びリゾープス属に名づけられた名称であり、アミロ発酵法とはアミロ菌を用いてアルコールを製造する方法に名づけられた名称である。
有用黴学 第八章 アミロ菌とアミロ発酵法

菌種ごとの糖化が得意な澱粉

以下のことから、新政「Type-C」でリゾープス・デレマーが採用されたのは穀類の糖化に適している菌だからだと推察できる。

リゾープス・ジャバニクスは切干甘藷の醪の糖化に、リゾープス・デレマーは穀類の糖化に適している。
有用黴学 第八章 アミロ菌とアミロ発酵法

アミロ菌のスターターとしての使われ方

アミロ菌のアルコール発酵は常態菌糸の作用にして、アルコールの生産量は弱く、3〜5%くらいの少量なので、カビの発育に好都合な35度の付近の高温で、最もよく発酵する酵母を添加して、アルコール発酵を促進している。
有用黴学 第八章 アミロ菌とアミロ発酵法

アミロ法の長所

アミロ法が他の方法よりも優れているのは、手数が非常に省けるということで、麹法では何百貫という麹を使用し、また歩留まりが悪い。
歩留まりとはアルコール1石を製造に要する原料の消費量のことである。
なおまた、労力も余計にかかる。
アミロ法ならば純粋培養した僅少の菌を添加するだけでよく、1Lのフラスコの純粋培養のアミロ菌を500石タンクに4〜5本を添加するだけでよく、歩留まりも高い。
有用黴学 第八章 アミロ菌とアミロ発酵法

アミロ法の短所

アミロ法は密閉したタンクを使用しなければならないから、麹法の如くコンクリートでも、木のタンクでもよいというわけには行かない。
またタンクは常に無菌にしておくという管理は技術的に相当熟練が必要である。
従って現在では業者はアミロ法のこの短所を補うために麹法とアミロ法との折衷法を採用しようという傾向にある。
有用黴学 第八章 アミロ菌とアミロ発酵法

(1)塩酸によるpHの調製が必要,
(2)Rhizopusのでんぷん液化力が弱い,
(3)サツマイモのように粘度の高い原料では濃厚な仕込みがしにくい,
(4)培養に時間がかかり雑菌に汚染されやすい
台湾の米酒,紹興酒,紅露酒 P582 2.米酒

あとがき

実際に紹興酒醸造ではアミロ法の特徴をどう活かされているか、どう欠点を補っているかを書こうかと思ったけど、力尽きた。
ちょっと長くなりそうだから記事を分けることにする。
今回の記事は後続記事を理解するための事前知識程度の話で瞬発的に面白みのある内容はないとは思うけど、大事な基礎なのでちゃんと記しておこうかなと。
後日「アミロ菌・アミロ法の特徴を活かした紹興酒醸造方法」みたいな記事を書く予定。
乞うご期待。