ビールの醸造技術について調べた

ビールの醸造技術について興味が出てきたので調べた。
日本酒醸造の知識をベースに解釈していく。
比重やアルコール度数の計算方法、日本酒醸造との工程や原料の比較など。

日本酒の場合、J-Stageを漁ればジャーナルやら論文やらきっちり日本語での参考文献が見つかる。
ビールの場合、情報は大量に出てくるけど信憑性が怪しい。
誰が書いてるのかわからない、出典が書いてない、断りもなしに式を簡略化してる。
日本語のサイトはヤードポンド法の計算を結構間違えてる。
英語を読まなくちゃいけない。

成果物

今回調べたものを計算出来るようにした。
RubyからPyCall経由でPandasを使った。
GitHub - yoshida-eth0/ruby-beer

各種計算

ガロン

日本人にとって馴染みがない単位なのでややこしい。
国によってガロンの定義が違うので更にややこしい。

名称 1ガロンのリットル換算
英ガロン (Imperial gallon) 4.54609リットル
米国液量ガロン (U.S. fluid gallon) 3.785411784リットル

麦芽のPPGがどっちのガロンで計算されているかよくわからない。
多分Malt Specification Sheetのmethodで書かれている手法に定義されてるんだろうと思うけどそこまでは追えてない。
まぁ実際はガロンの定義の違いでの誤差があったとしてもBrewhouse EfficiencyやらMash Efficiencyやらって係数で吸収できるから大した話ではないのかもしれない。
単行複発酵なので結局は初期比重がどうなるか、それだけが重要なんだと思う。

比重

BREWLANDの比重計算式を見るに既製品の比重はこうなるらしい。
出典はわからなかったけどとりあえずそういうものなんだと理解することにした。

原料 比重
モルトエキス 1.30800000459
砂糖 1.385

※手作りビールに挑戦(ビールの作り方) - 手作りビールキット、ビールサーバーの専門店:激安価格と豊富な品揃のブリューランド

糖度

ビールでは糖度はPlatoが使われるらしい。
日本酒で使われるボーメと比べると数値はだいたい半分くらい。

ボーメは潜在アルコール度数とほぼ一致するから、単行複発酵のビールこそボーメを使った方がわかりやすいのでは?という気がする。
歴史的背景はよく知らないけど。
確かワインはボーメを使っていたと思ったけど詳しいことはよく知らない。

アルコール度数

計算式がいくつかあった。
上の式がアルコール度数高くなって、下の式がアルコール度数低くなる。
最後の式が信憑性ありそうに見えるけど、どれが正しい(近い)のかはよくわからない。

一般的によく見る式。

アルコール度数(略称 ABV: alcohol by volume)は、初期比重と最終比重から概算することができる。
ABV=\frac{OG-FG}{0.00738}
比重 (ビール) - Wikipedia

上記の係数が違う式。

ABV=\frac{OG-FG}{0.00769230803382418}
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エチルアルコールの重量と密度から算出する式。

ABV =(((OG-FG)×1.05)/ FG)/0.79

この2つの数字は、すべてのビールのレシピで一貫しています。

1.05はエチルアルコールの重量
.079はエチルアルコールの密度
自家製の基礎:ビールのオリジナル重力

工程

製麦

基本的にブリュワリーは焙燥された麦芽仕入れて粉砕するところから仕込みスタートらしい。
日本酒で言えば精米済みの白米を仕入れるみたいなものだろうか。

粉砕に関しては荒すぎると糖化が進まず、細かすぎると濾過するときに目が詰まる、と。
醤油用の麹造りで小麦の粉砕する工程があるけど、それとは目的は違うらしい。

小麦を砕く理由は2つ。
細かい粒子で大豆同士の付着を防ぐ。
粗い粒子で大豆同士の間に隙間を作り、通気性をよくして麹菌の育成を助長、品温調節をやりやすくする。
醤油用の麹造り - よしだ’s diary

マッシング

華氏で表記されることもあってややこしい。

温度帯による働きと目的。

温度帯 名称 活動する酵素 働きと目的
50度前後 プロテインレスト プロテアーゼ タンパク質をアミノ酸に分解する。
タンパク質を分解することでクリアなビールに仕上がる。
52~62度 糖化 βアミラーゼ デンプンを発酵可能なグルコース、マルトース、マルトトリオースに分解する。
糖が分解されるためライトボディになる。
65~67度 糖化 αアミラーゼ デンプンを発酵可能なグルコース、マルトース、発酵不可能なデキストリンに分解する。
糖が残るためフルボディになる。
77度 マッシュアウト - 酵素の活動を止める。

技術的に容易かどうかはさておき、プロテインレスト→αアミラーゼ→βアミラーゼ→マッシュアウトの順でやったらより高アルコールでよりクリアな味わいになりそうな気はする。
ホームブリューイングの場合、αアミラーゼが活性する温度帯まで温めて保温、結果的にαアミラーゼ活性からのだんだん冷えてきてβアミラーゼ活性、という順序を辿るスケジュールは割と見かける。
実際のところ、それを狙ってるのか温度管理の怠惰なのかはよくわからない。

ビールのマッシングを日本酒で例えるなら、高温糖化酛みたいなものなんじゃないかと。
日本酒の高温糖化酛をビールに例えるなら、ワンステップ・インフュージョンマッシングのマッシュアウトなし、という感じだろうか。

ビールの場合は単行複発酵なので酵素を失活させるために最後に温度を上げる。
日本酒の場合は並行複発酵なので酵素を失活させない。

麹の酵素は60度前後で失活するけど、麦芽の場合はどうやら77度までは失活しないらしい。
同じαアミラーゼなのに何が違うのかはよくわからん。

A. oryzae EI 212株由来の部分精製α-アミラーゼの活性は55℃ではわずかに低下し60℃・60分間処理では30%にまで活性が低下することが報告されている.
塩麹製造での熟成温度が残存酵素活性に及ぼす影響

そもそも後続処理の煮沸の段階でどのみち酵素は失活するはずなのに、わざわざマッシュアウトと称して失活させる必要性はどこにあるのだろうか。
調べてもよくわからなかった。

計算。
モルトのスペックからマッシング後のウォートのOriginal GravityやBrix値に換算。
ruby-beer/full_mashing.ipynb at main · yoshida-eth0/ruby-beer · GitHub

濾過、スパージング

ロイタータンでウォートを循環させて濾過していく工程は、日本酒で言うところの荒走りの部分を再度戻して絞る感じだろうか。
日本酒にはない概念なので特に言うことがない。

煮沸

煮沸の目的。

1. 麦汁を殺菌する。
2. 麦汁に残っている酵素を失活させる。
3. 凝固性のタンパク質を加熱により凝固させる。
4. 第二麦汁によって薄まった麦汁を濃縮し、濃度を調整する。
5. 好ましくない香りを揮発させる。
6. ホップを投入してホップ成分(苦味、香り)を抽出する。
ビールについて学ぼう:第十二回 ~ホップの登場:煮沸工程~

日本酒にはない概念なので特に言うことがない。

計算。
ホップのα酸値と煮沸時間からIBUを算出。
式がいくつかあったので、Tinseth、Rager、Garetzの3種を実装した。
ruby-beer/ibu_estimates.ipynb at main · yoshida-eth0/ruby-beer · GitHub

主発酵(前発酵)

酵母を添加したらエアレーションして酸素をウォートに溶け込ませる。
日本酒で言うところの、汲み掛けみたいなものだろうか。

エアレーションは酵母を活性させるために酸素を含ませる。
汲み掛けは蒸米に酵素を吸収させる。
という違いはあれどタイミングとニュアンス的にはまぁ似たような雰囲気かなと。

貯酒・熟成(後発酵)

後発酵の目的。

・不快な匂いを取り除く
・仕事を終えた酵母を取り除く
・ビールの清澄
ビールについて学ぼう:第十四回 ~まだ飲んじゃだめ:貯酒・熟成工程~

作業としてはドライホッピングも。
ドライホッピングで添加すべき量の計算方法がよくわからない。

日本酒の香気成分について調べる時は「清酒 酵母 ppm site:www.jstage.jst.go.jp filetype:pdf」みたいな調べ方をよくする。
ビールの場合は野良レシピを参考にするのが良いのだろうか。
まぁ発酵に直接関わることではないし好みによって量は好きに変えなよ、程度の話ではあるのかもしれない。

原料

麦芽

ビールに影響する要因としてはこの辺だろうか。
・糖度(Yield)
・色(SRM、EBC、Lovibond)
・ロースト感とかカラメル感とか(乾燥法、乾燥温度)

乾燥法と乾燥温度によっていろいろあるらしい。
一覧は以下で。
- 手作りビールキット、ビールサーバーの専門店:激安価格と豊富な品揃のブリューランド

色に関しては以下。
麦芽の種類 | ビアトレ

ホップ

ホップは煮沸すると香りが飛ぶので目的に応じて品種とタイミングを変える。

タイミング 工程名 目的 ホップの分類、総称 ホップの特徴 主な品種
煮沸工程初期 煮沸 苦味付け ビタリングホップ α酸が高いもの マグナム、ノーザンブルワーなど
煮沸工程後期 煮沸 香り付け アロマホップ 香りが強いもの シトラ、カスケードなど
熟成時 ドライホッピング 香り付け アロマホップ 香りが強いもの シトラ、カスケードなど

醸造免許を持たない個人が唯一できそうなことはドライホッピング
思いついた手法は2つ、この方法であれば自家醸造には当たらず合法なのではなかろうか。

・ビールにホップを浸してすぐ飲む。
作り置きをしたら違法なので、消費の直前において混和した酒類(要はカクテル)として飲む。

1 消費の直前において混和した酒類を販売した場合の取扱い
 酒場、料理店その他の酒類を専ら自己の営業場において飲用に供することを業とする者が当該営業場以外の場所において消費されることを予知して混和した場合又は酒類の消費者が他に販売する目的で混和した場合は、消費の直前において混和したこととはならないので、法第54条《無免許製造の罪》の規定に該当し、無免許製造となるものであるから留意する。
第43条 みなし製造|国税庁

・キンミヤにホップを一晩漬け込んでホッピーで割って飲む。
アルコール度数20度以上の焼酎にならホップを漬け込んでも良い(はず)。
唯一怪しいのは「香料」、まぁハーブみたいなものだしいいんじゃないかと思うけど確証はない。

 焼酎等に梅等を漬けて梅酒等を作る行為は、酒類と他の物品を混和し、その混和後のものが酒類であるため、新たに酒類を製造したものとみなされますが、消費者が自分で飲むために酒類(アルコール分20度以上のもので、かつ、酒税が課税済みのものに限ります。)に次の物品以外のものを混和する場合には、例外的に製造行為としないこととしています。
 また、この規定は、消費者が自ら飲むための酒類についての規定であることから、この酒類を販売してはならないこととされています。

1 米、麦、あわ、とうもろこし、こうりゃん、きび、ひえ若しくはでん粉又はこれらのこうじ
2 ぶどう(やまぶどうを含みます。)
3 アミノ酸若しくはその塩類、ビタミン類、核酸分解物若しくはその塩類、有機酸若しくはその塩類、無機塩類、色素、香料又は酒類のかす
【自家醸造】|国税庁

酵母

まずは酵母の学名。

酵母 学名
上面発酵酵母 Saccharomyces cerevisiae
下面発酵酵母 Saccharomyces pastorianus
清酒酵母 主にSaccharomyces cerevisiae

分類学上は同じ学名がついていても、上面発酵酵母清酒酵母では随分と違うものらしい。

清酒酵母(Sake)はパン酵母(Bakery)やワイン酵母(Wine)、ビール酵母(上面酵母、Ale)とは明らかに異なるグループに属しています。清酒酵母に近いのは、やはり我が国の伝統的蒸留酒である焼酎や泡盛酵母(Shochu)であることが明らかになりました。
お酒造りの小さな主役 -清酒酵母の話- Part5 清酒酵母の系譜しらべ

一般にビール酵母グルコース、マルトース、マルトトリオースの資化能を持つ。
一般に清酒酵母グルコースの資化能を持つ。

ビールの場合、なんでもアルコール発酵できる。
日本酒の場合、グルコアミラーゼ力価の高い麹を作る必要がある。

英語の用語

toji gemsを作っていた際に、日本語の用語を英語に訳して結構無理やり感があった。
今回ビールでネイティブな英語の用語が出てきたので比較。
ビール用語に合わせた方が世界標準っぽい感じがしてわかりやすいかもしれない。

・アルコール度数などの予測値
ビール用語:estimate 見積もり値
toji gems:expect 期待値
TestCaseっぽくexpectとactualとしていた。

・比重
ビール用語:gravity
toji gems:nihonshudo
Sake Meter Value(SMV)って言い回しもあるっぽいけど日本語を話す身からすると分かりづらいのでアレ。

・総容量
ビール用語:batch size
toji gems:tank capacity

香りの表現

この表現は日本酒にはないように思う。

ビール用語 意味
アロマ 鼻で感じ取ることのできる香り
フレーバー 口に含んだ時に感じる香り

吉田がよく言う日本酒の酵母由来の香りの表現として「揮発性のある香り」「揮発性のない香り」があるけどまぁまぁ近い概念かなと思う。
鼻に抜けず舌に残る香りを「揮発性のない香り」と表現してるけど、この香りを「米の旨味(味)」と誤認している人が多くて嘆かわしく思ってる。

そもそも多くの日本酒消費者は酵母が酒質に与える影響を軽視しているように感じる。
酵母が変われば香りや酸の立ち方が変わるという当たり前の事実を理解せず、米の品種やら蔵の個性やらそういう言葉で片付けようとしている節を感じる。

極論かもしれないけど米の違いなんてニュアンスでしかなくて、酒造りの本質はそこじゃない。
雄町好きを公言していたけど、何もわかっていなかったなと今となってはちょっと恥ずかしく思う。

「一麹、二酛、三造り」って言葉はよく聞くけど、原料の重要度もその順序なんじゃないかと。
つまり「一麹菌、二酵母、三米」。
原料の重要度というか、その他の原料の特徴をマスクしうる強い要因となる原料、とでも言うべきだろうか。

日本酒の場合、酵母が非公開だったり、蔵でそんないくつも酵母を使い分けなかったりするので、酵母に依存する要因が蔵の個性ってことにされてしまっている節を感じる。
ビールの場合、ビアスタイルを聞けば大分類として酵母のタイプ(上面発酵か下面発酵かそれ以外か)はわかる。
この違いは大きいように思う。

日本酒よりも簡単だと思う箇所

実際にマッシングとかやったことがある訳ではないので完全に机上の空論。
やったこともないものを簡単だと言い切るのはアレだとは思うけど。

・糖度測定が楽
単行複発酵のビールの場合、初期比重は屈折計を使ってBrixを求められる。
並行複発酵の日本酒の場合、濾過やら蒸留やらしないといけなくて面倒。

・単行複発酵
並行複発酵の日本酒は最後まで確定しない要因が多い。
単行複発酵のビールはひとつの工程に対してひとつ要因が確定する。
あとどうでもいいけど、並行の対義語は単行ではなく直列なんじゃないかという気はする。

・自重で濾過出来る
日本酒の場合、自重で絞るにしても袋にひとつずつ醪を流し込んで吊るしたり。
そして結局ヤブタやらフネやらで圧力を掛けて絞る。
ビールの場合、タンクの移し替えをして自重で液体が出てきて循環させて濾過して完了。
もしかしたらスパージングのあとに圧力掛けたりするビアスタイルもあるのかもしれないけどよく知らない。

・仕込み回数が少ない
ビールの場合、マッシングは1回、日中の常識的な時間で終わる。
日本酒の場合、麹を全量1回で作って酒母立てて3段仕込みする場合に米を蒸すのは5回、製麹は丸2日かかる。

・温度管理が一定
ウォートの温度管理は常に一定。
日本酒の場合は糖化とアルコール発酵のバランスを取るために日々の温度管理が欠かせない。

・発酵期間が短い
上面発酵の場合、1週間もかからない。
日本酒の場合1ヶ月くらいはかかる。